昔の写真を見つけた

 


 昔の写真を見つけた。巨大な岩の斜面に、子供たちが十四、五人思い思いに散らばっている。小学低学年くらいが中心だが、年長のものも混じっている。年齢の幅は、四、五歳というところか。いまの子供たちのように伸びやかな表情というわけではない。眉間にしわを寄せて上目遣いにレンズを睨み付けている子、足場の悪い岩のうえで「気をつけ」の姿勢を必死で保とうとしている子、なにが可笑しいのか今にも吹き出しそうに頬を一杯に膨らませて笑いをこらえている女の子。カメラの前に立つ緊張が生み出したものだろう。明治六年○○写真館とある。そういえば、昭和三十年代までの写真も同じ表情の子供たちであふれていた。その後、写真に写る子供の表情からこの種の緊張は消えた。写真技術が日本に伝わった時から数えると、「緊張の表情の歴史」の方がはるかに長い。発展途上の地で撮られた写真に同じ表情を見つけるとたまらなく懐かしい気持ちになるのはそのせいかも知れない。

 物置を整理していたとき、吸い物椀を包んだ半紙に幼い字で「三年 藤本昌代」と書いてあったことを思い出した。生きていればとうに八十歳を越している母が小学生のときに習字の練習に使った半紙だ。六十年も使われないまま、箱の中に大切にしまわれていた輪島塗の椀。
「明治六年の写真」と「椀を包んだ半紙」。あれこれ思い巡らす内に目がさめた。

  「明治六年の写真」は私の脳の創作物にすぎない。きわめて鮮明な夢である。どのような理由があって夢に出てきたのか? どうしてこの夢に「半紙の話」がもぐりこんできたのか?母の名の入った半紙は、椀を入れてあった木箱にいまでも残してある。

 

藤本 幸男