親指族

 

 

 世界には、様々な民族が存在する。ケニア南西部からタンザニア北西部にかけては牧畜民であるマサイ族が、オーストラリアには、約一万年前から存在していたと考えられている先住民、アボリジニーが存在する。その他にもカラハ族、ヤノマミ族。その数は果てしなく多い。

  最近になって、日本でも新しい民族が生まれたのをご存知だろうか。その民族は主に若者層を中心に広がっている。携帯電話で電話、メール、インターネットの機能を使いこなし、日常生活の一部としてこれらの機能を利用、全て親指一本で便利に事を済ませてしまう。

 そう、彼らが日本に誕生した新しい民族「親指族」である。

 この民族は驚異的な広がりを見せ、最近では、中高年層にまでも拡大しているという。

 ふと、電車の中で周りを見渡してみると、会社帰りのサラリーマン、20代あたりの女性、自分の周りに親指族が何人もいるのに気づく。(ひょっとしたらすでに自分も親指族なのかもしれないが。)彼らは用があってかないのかわからないが、携帯の画面を眺めている。時に思わず、にやっと笑みを浮かべてしまい、それを恥ずかしいように隠しながらまた携帯を眺める。実に奇妙な光景だ。時々自分自身もやっている気がして怖い。手持ち無沙汰になると思わず携帯を眺めてしまう親指族は、他者とのコミュニケーションを常に取りたがるという特徴を持った、人類史上初めての「寂しがりや族」なのかもしれない。

 また、親指族の繁殖と同時に、それに対する問題も、同じように拡がっている。新たなコミュニケーション手段として使われるメール機能は、相手の顔を見ることなく、相手の声を聞く事無く、他者と交わる事を可能とさせた。そのため、他者との関係が希薄になってしまうのではないだろうか、と懸念されている。最近ではメール機能だけではなく、サイトにアクセスする事によって、チケットを予約、購入したり、お金を払ったりと、様々な便利な機能が追加された。こうした便利な機能を持つ携帯電話は、一歩間違うと危険であるという二面性をも持ち合わせている。このような問題は、他にあげればきりが無い。

 これからますます、親指族が勢力を拡大していく事は間違いない。ただ、
子供たちには、実際のコミュニケーションを取れるようになって欲しいと願う。

 「こんにちは」「ありがとうございました」「さようなら」

  養哲に来る子供たちが、これらのことがしっかりと出来ていることは嬉しい。面と向かって話す事は、メールで話すよりはるかに大切な事だ。

  知人とすれ違った時に、携帯の画面を見ているフリをして素通りするようなのは、ダメ親指族である。

世界に誇れる、親指族になろう。

 

西村 隆太